全日本選手権で初優勝した早田ひなを育てた石田卓球クラブとは!?

早田ひな&伊藤美誠

5月7日(木)放送予定の「SPORTSウォッチャー」に、今年、卓球全日本選手権女子シングルスで初優勝した「早田ひな」選手が出演するそうです。

この大会の決勝戦では、全日本で4度の優勝に輝いている「石川佳純」選手を4-1で下しての優勝でした。

早田選手と言えば、同世代の「伊藤美誠」選手や「平野美宇」選手が東京五輪の内定選手入りするのを悔しい思いで見ていたと思いますので、この優勝は、彼女にとって、そんな思いを払拭してくれる嬉しいご褒美だったのだと思います。

今回、放送予定の「SPORTSウォッチャー」では、早田選手の初優勝を支えた人たちが紹介されるようですので、いったい、誰が彼女を支えたのか、気になって調べてみることにしました。

全日本選手権で初優勝した「早田ひな」選手のプロフィール

早田ひな

早田ひな(はやた ひな)

生年月日:2000年7月7日

身長:166cm

血液型:A型

出身:福岡県北九州市

早田選手は福岡県の出身のようですが、お姉さんが地元の名門石田卓球クラブ」に入っていたことに影響を受けて、4歳から卓球を始めるようです。

「石田卓球クラブ」については、のちほど、詳しく紹介しいたいと思います。

所属:日本生命

利き腕:左

日本の卓球界では、「左は世界を制す」と言われていたようで、多くのチャンピオンが生まれており、右利きの選手が左利きに変える選手も珍しくないそうです。

水谷隼」選手、「丹羽孝希」選手、「石川佳純」選手、「長崎美柚」選手などがその代表で、水谷選手、長崎選手、そして、早田選手は、右利きから左に変えた選手だそうです。

早田選手を育てた「石田卓球クラブ」とは!?

早田選手は、今年の全日本選手権で初優勝したときに、自身を育ててくれた「石田卓球クラブ」に対する感謝の気持ちを述べています。

そこで、「石田卓球クラブ」について、調べてみることにしました。

所在地

福岡県中間市垣生

※早田選手の地元だということだったので、地図で調べてみたのですが、早田選手の自宅の詳しい情報は分からないものの、約20kmの距離がありましたので、車か電車で移動したとしても30分くらいはかかる距離でした。

早田選手は、4歳から卓球を始めたということですので、ご両親に車で送り迎えしてもらったんでしょうね。

【訂正】

その後、ネットで調べていると、「近所の卓球場を訪れた」という記事を見かけましたので、早田選手の生誕の地は北九州市で、その後、中間市に引っ越したのかもしれません。

スタッフ(コーチ)

石田弘樹コーチ

石田 弘樹コーチ(代表理事)

ご自身の成績としては、インターハイや全日本社会人選手権のダブルスで好成績を収められているようで、ナショナルチームのジュニア・ホープスのコーチを務められているようです。

石田眞行コーチ

石田 眞行コーチ(理事)

福岡県の希望が丘高校の総監督で、元ナショナルチームのジュニア・ホープスのコーチも務められていたようです。

石田大輔コーチ

石田 大輔コーチ

この方が、早田選手のコーチのようです。

早田選手と石田大輔コーチの二人三脚

石田大輔&早田ひな

早田選手は、4歳の時に姉が通っていた「石田卓球クラブ」を初めて訪れるのですが、その卓球場の代表で会った石田コーチの父、石田眞行さんが、早田選手の才能を見抜いたのだそうです。

その後、早田選手は、石田代表が見抜いた通り、めきめきと上達して、小学6年の時には平野美宇選手に勝利し、中学2年生の時には伊藤美誠選手を破って日本一になったといいます。

そんな早田選手を世界に羽ばたかせたいと考えてた石田代表の願いを叶えたのが、当時、大手企業のサラリーマンであった石田大輔コーチで、安定したサラリーマン生活を捨てて、早田選手との二人三脚の道を歩き出したと言います。

まるで、ドラマのストーリーのようですが、幼い頃から、周りの人たちに支えられて、見事に日本一に輝いた早田選手。

東京五輪の代表には選ばれませんでしたが、まだ、19歳ですから、今後の活躍に期待したいと思います。

※卓球初心者の方へ

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